アメリカ合衆国の映画監督。
「ジョーズ」「E.T」では、その当時の世界興行収入1位の記録を作り、「シンドラーのリスト」「プライベートライアン」ではアカデミー賞監督賞を受賞しました。

他にも「インディ・ジョーンズ」シリーズ「ジュラシックパーク」シリーズなど、多数のヒット作があります。

スティーブン・スピルバーグ

スティーブン・スピルバーグのADHDに関するエピソード(子供時代)

アメリカオハイオ州で、ウクライナ系ユダヤ人の家庭に生まれました。
父の仕事の都合で転校が多く、ユダヤ人であった事や、同級生よりも読み書きを習得するのが遅かった事などで、いじめを受けたこともありました。
当時は学習障害についての世間の理解は全くなく、スピルバーグも自分の障害については認識していなかった為、学校が嫌いで、実際卒業は同級生よりも2年遅れたそうです。
13歳の頃から、家族旅行の時に使った8mmカメラをきっかけに、8mmカメラでの映画作りをはじめました。

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スティーブン・スピルバーグのADHDに関するエピソード(成人後)

スピルバーグがディスレクシアと診断されたのは60歳の時で、診断結果を聞いて「謎が解けた」と思ったそうです。
脚本を読むのに人の2倍かかっていたそうですが、作った作品の数から想像して、
かなりの苦労と努力をしているのではと思われますね。

スピルバーグは、学習障害を持つ青少年のための
ウェブサイトFriends of Quinnのインタビューで、

「映画を作ることで、わたしは恥ずかしさや罪悪感から解放されました。
映画制作は、わたしにとっての『大脱走』だったのです」と語り、
「学習障害は、思っているよりもずっと一般的なものです。自分一人だけが悩んでいるものではありません。それでも、学習障害があることで、今後やりたいことをやるためには、さまざまな困難が降りかかるでしょう。でも、それはあなたの可能性を狭めるものではないのです」
とメッセージを送っています。

http://www.cinematoday.jp/page/N0046319 からの引用です。

子供の頃に自身がディスレクシアだと分かっていて、周囲にもそれに対する理解があれば、
スピルバーグは恥ずかしさや罪悪感を持たないで済んだのではないでしょうか。

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