スティーブ・ジョブズはアップルコンピュータ設立者の1人。
一度、アップル社を退社し、NEXT社を設立し、コンピューターを作ったり、ピクサー社CEOに就きCGに関する提案などもしました。

アップル社復帰後はMacのパソコンや、iTunesやiPod、iPhoneなど携帯電話事業を展開。
2011年10月膵臓がんの為亡くなりました。
スティーブ・ジョブズ

スティーブ・ジョブズのADHDに関するエピソード(子供時代)

スティーブは、シリア人の大学院生の父とアメリカ人の大学院生の母の間に生まれましたが、
母の父が2人の結婚を認めなかった為、生まれる前から養子に出すことに決められていて、
労働者階級のジョブズ夫妻に引きとられました。

スティーブの幼少期のエピソードはどこにも語られていません。

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大学は半年で中退し、その後興味のある講義にだけ1年半潜り込んで受講しました。

その頃、様々な宗教や食事の思想、ヒッピー文化などに心酔し、裸足で口内を歩き回り、風呂に入らない時期もあったようです。

電話や周波数など、後のアップル社での仕事に関する様な事には、高校生の頃から興味を持ち長距離電話装置を作ったりもしていたので、才能は早くから発揮していたと思われます。

スティーブ・ジョブズのADHDに関するエピソード(成人後)

いつも同じ服を着ていたのは、毎日切るものを考える時間が惜しかったので、黒いタートルと、ジーンズを何枚も持っていたと言われています。

自分専属の料理人を持つ菜食又は果実食主義で、東洋医学に傾倒していました。

西洋医学を信じない為、癌になった時もなるべく手術をしない考えで、友人からの肝臓の移植の提供も断っていました。

ジェフ・ラスキンが、スティーブ・ジョブズを

「刺激的で、放漫で、暴虐で、激しく、無い物ねだりの完全主義者、未成熟、かよわく、感じやすく、傷つきやすく、精力的で、構想力があり、カリスマ的で、強情で、譲らない 」

と語っていますが、どれもその通りでしょう。

彼がADHD?と言われているのは、この様な事からでしょうが強いこだわりが私たちの生活に大きな進歩を与えたのは事実です。

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