1958年読売巨人軍に入団。三塁手で当時背負った背番号3はジャイアンツの永久欠番。

在籍中V9を含む11度の日本一、13度のリーグ優勝に貢献。1974年引退。

新人王をはじめ、多数のタイトルを獲得した日本プロ野球史上最高の名プレーヤーと言われています。

引退後はセコムのCMに登場したり、野球意外のことでもお目にすることが多かった誰もが知っている有名人ではないでしょうか??

長嶋茂雄

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誰もが知っている長嶋茂雄さんのADHDに関するエピソード(子供時代)

長嶋氏は千葉県(現)佐倉市に4人兄弟の末っ子として生まれました。
小学生の時背が低く「チビ」や、運動神経が抜群だったので足が速く「ポチ」などのあだ名がありました。

6年生から野球を始め、ショートを守っており、4番サード長嶋は高校2年の時に誕生します。

ショートではエラーが多かったそうですが、ランナーや相手の攻撃を意識した守備をするショートよりも、連係プレーが少なく、打球を捕ることだけに集中できるサードの方が向いていた様です。

立教大学入学後は、現在も語られているような、豪快なエピソードが多く残っています。

長嶋茂雄さんのADHDに関するエピソード(成人後)

長嶋氏のエピソードと言えば、書くまでもなく多く語られていますし、
人並み外れたダイナミックなものもたくさんあります。
長嶋氏がADHDだという発表はありませんが

「一芸に秀でた」
「自分に向いていることであれば高い集中力で没頭できる」

という個性は、まさにピッタリです。

長嶋氏が野球に出会い、巨人で活躍したことは、本人だけでなく多くの人にとって
幸せなことだったと思います。

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